新しい学術集会の形を目指して ~学会の挑戦~ 第四回 日本発生生物学会編

第四回 日本発生生物学会編

 新型コロナウイルス感染症の広がりをうけて対面の年会の開催が困難な状況の中、学会のアクティビティをどのようにして維持してゆくのか。これは諸学会における喫緊の課題かとおもいます。一方、学会の会員数、特に若い世代の会員数の減少、年会における応募演題数の減少、長引く不況によるスポンサーの減少、こういった問題は新型コロナウイルス感染症の流行以前から常にくすぶり続けてきた問題であり、年会主催者の方々の頭を常に悩ませてきたのもまた事実かと思います。私が2021年の発生生物学会年会を企画する段階では今回のパンデミックはまだその気配も見せておらず、むしろこれら諸問題にどう向き合うのかというところが大きな懸案事項でありました。

 発生生物学会は会員数が約1,000名、年会参加者が500名前後の中規模の学会です。口頭発表演題は例年200演題近く集まるので、3会場に分かれてパラレルセッションで行われるのが通例でした。午前中はシンポジウムやプレナリーレクチャーが行われ、会期はフル3日間、前日のイベントも含めれば4日間と、かなり大がかりな年会になります。言語に関しては15年ほど前から完全英語化の方向へと舵を切り、海外からの参加者も増え、特に日本語を母国語としない国内の留学生にとっては、とても参加しやすい学術集会として、内外の評価も高かったのではないかと思います。

 こういった側面だけ見ると非常に「うまく行っている学会年会」、なので、例年通りのスタイルで開催する努力をするのがベストなのかもしれませんが、気になっていたのが、いつの間にか恒例化した、ときには再三にわたる、どの学会でも見慣れた演題申し込み期間の延長と、これも英語化したときにはお決まりの、お葬式のように静まり返ってしまう口頭発表の質疑応答の時間です。「多くの方の強いご希望にお答えするために演題登録期間を延長いたします」はタテマエで「このままじゃ大赤字だ、やばいちょっとお願いもうすこし来てください」がホンネ。「サイエンスの公用語は英語なのだから英語でやるのが当たり前」がタテマエで「英語で話すのやっぱり億劫だし質疑応答になるとさっぱりで学芸会みたいだし」がホンネ。なんてことにならないか、大きな懸念がありました。

 でも、周囲を見渡すと、こうした年会あるあるとは無縁の盛り上がりを見せている会もありました。その筆頭がNGS現場の会です。デビュー以後毎年倍々の勢いで参加者が増えていたにもかかわらずその人気絶頂期に突如解散してしまった、まるでポリスのような伝説の研究会ですが、バイオインフォマティックス系の若手が中心となって開催されている各種研究会はどれも勢いがあって、あれはすごい、楽しい、面白いという声がSNS上にも溢れています。どんだけ面白かったんだと興味半ばで参加者に話を聞いてみると、いろいろな工夫がなされているようでした。

 まず最初に、基本的に全員発表を原則としていること。参加者全員の当事者感の高さがすごい。それから、一対多数の発表だけでなく、少人数での他方向のディスカッションの時間が大切にされていること。特に興味深かったのが通称「ワールドポスター」と呼ばれているワールドカフェ形式の企画で、各自の研究コンセプトをまとめたラミネート加工のA3ポスターを片手に参加者全員が5–6人に別れてテーブルについて、そのうち2名ほどが話題提供してディスカッション。席替えタイムでメンバーを入れ替えてディスカッション。これを繰り返していくうちに、参加者が数十名以下であれば、だいたい全てのメンバーと顔見知りになり、自分の仕事もほぼ参加者全員に伝わる、という仕組みです。

 そこで、参加者同士の交流をなるべく深め、限られた期間でより実のある交流ができるように、当初の「札幌年会」では、以下のような仕掛けを考えていました。
・一対多数の発表を中心とした場から少人数の多方向のディスカッションを中心に
 ワールドポスター企画を取り入れて、多方向のディスカッションが出来る環境を作る。
・参加者の顔が事前に見える仕組み
 参加者同士をキーワードでクラスター分けして興味の近い参加者を予めホームページ上で周知。
・年会参加の早い段階で知り合いを増やす仕組み
 初日の昼食はクラスターごとのテーブルにおにぎり(とできれば塩水ウニ)を用意し、そのクラスターで交流してもらう。
・全員が当事者になる工夫
 口頭発表演題のセレクションはクラスターごとに参加者全員で行う。最優秀発表者の投票も全員で。
・グラフィカルアブストラクトの導入とウェブアブストラクト
 Cell 系の雑誌でおなじみグラフィカルアブストラクトを導入。紙媒体からウェブアブストラクトへ。
・会場を3会場から1会場に
 「聞き逃し」をなくして一体感を。密な方が盛り上がる。
・組織委員への負担が少ない年会に
 学内の施設を使うことで会場費を削減。企業の協賛のために奔走しなくてもやっていける体制へ。

 また、言語問題に関しては、
・テキストベースのディスカッションのプラットフォームの準備
 英語を話すの「だけ」が苦手な人は多いので、全員ネットに同時接続出来るようにして、質疑応答が出来る掲示板を用意。
・企画段階からの海外研究者の取り込み
 参加者の1/5を海外からにすることを目標に、プログラム委員の1/3は海外の研究者にし、研究室の学生を連れてきてもらう。

 プログラム委員も知り合いの中国の研究者を中心に5名の海外の方に入っていただき、これからだんだん宣伝も盛り上げていこうというころに、新型コロナウイルス感染症のパンデミックがやってきました。もともとどれだけ海外の人を呼んでくるか、どれだけ密な環境を作るのか、というところに腐心していたのですが、移動自粛、三密回避ではそれらは望むべくもありません。ただ幸い、対面年会の中止を決めてから開催まで一年以上あり、その間に各種オンライン年会があったため、いろいろな情報を参考にすることができました。

 実際にオンライン年会に参加してみて個人的に一番強く感じていたのは、自分のオフィスから参加するオンライン年会では、電話線を引っこ抜いたとしても日常業務を完全にシャットアウトすることが難しく、長時間・長期間の参加が困難であるということです。そこで、年会を思い切って分割し、シンポジウムとメインの口頭発表・ポスター発表を別日程で行うことにしました。また、口頭発表は Zoom 一択として、ポスター発表をどうするのか悩ましかったのですが、様々な開催報告を見てみると、どうやら SpatialChat との相性が良いようで、それを取り入れることにしました。

 また、大きな変更点を加えたのが、使用言語です。日本発生生物学会が築き上げてきた英語化国際化への流れに逆らうのは大変心苦しいところもあったのですが、対面であればともかく、コミュニケーションの手段が二次元画像とタイムラグつきの音声しかないオンラインでは、初対面の人との突っ込んだ話は見込み薄。ましてや、ワールドカフェ形式のディスカッションのような瞬発力の会話が要求されるイベントは到底無理、ということで、公用語は日本語または英語ということにしました。実質的には、別日程の国際シンポジウムは英語、口頭発表、ポスター発表は日本語、になりました。

 運営面では、数年前に学会を法人化した恩恵で、Google の G suite を無料で使えることが判明し、年会参加の登録の管理、ホームページ作成、ウェブアブストラクトの作成などは全て G suite 上で行うことにしました。ログイン管理が簡単にできるうえ、ホームページや受付フォームの作成をはじめとした全ての運営を業者を介さず事務局レベルで出来たので、年会参加費を無料にすることが出来ました。以下、オンライン年会にあたって新しく取り入れた事柄です。

準備関連
・会期の短縮化
 関連イベントも合わせて4日にわたっていたイベントを分割。ワークショップとシンポジウムは別日程で分割開催。
・G suite の採用
 年会登録は Google Form で。全参加者に専用の Google アカウントを発行。
・Google Chat を利用したテキストベースのディスカッション
 全参加者に Chatroom を作成。リンクをウェブアブストラクトに掲載。
・Google Site を利用した各自のウェブアブストラクトページの作成
 グラフィカルアブストラクト、Chatroom へのリンク、アブストラクト等を掲載したページを参加者それぞれに作成。
・クラスターの可視化
 全参加者を事前アンケートによるキーワードへの親和性からクラスター化。同じクラスターの人をすぐに参照できるようなページをホームページ上に準備。
・参加者専用ホームページの作成と徹底活用
 各種リンクをつけまくって、Zoom/SpatialChat/ウェブアブストラクト/Chatroom/見逃し配信/ポスター を自由に行き来出来るホームページを作成。
・リハーサル
 参加者、運営がともに年会モードに入るため、2日間に渡るリハーサル時間を確保。

発表関連
・ワールドカフェ形式のディスカッション
 Zoom のブレイクアウトルームを利用して、ワールドカフェ形式のディスカッション。初回は各ルームにファシリテータを用意。二回目からはランダムにブレイクアウトルームに割り振り、トータル6回の席替え。
・SpatialChat 形式のポスター
 SpatialChat の各フロアーに8枚のポスター。高解像度のポスターはウェブアブストラクトページに掲載。
・質疑応答の Chatroom
 時間厳守の進行を補完するため継続のディスカッションは Chatroom へ誘導。
・Zoom の口頭発表と見逃し配信
 希望者には録画動画を各自のウェブアブストラクトページに掲載。
・ゆったりめの休憩時間
 口頭発表後は SpatialChat に発表者を誘導し、参加者も交え継続ディスカッションの時間を30分用意。
・タイムキーパーの半自動化
 Ichiro Maruta さんの Html5 の Timekeeper を OBS の vertical video で Zoom に流し込み。

 素人運営ということもあり、かなりドタバタで当日を迎えたところはあったのですが、結果としては、参加者のみなさまがこの一年で徹底的に鍛え上げてこられた高いオンラインミーティングリテラシーに支えられ、大きなトラブルもなく全日程を終えることが出来ました。個人的に一番嬉しかったのが、アンケートの結果、Zoom のブレイクアウトルームを使ったワールドカフェ形式のディスカッションの満足度が非常に高かったことで、5段階評価で平均4.5点、68%の方から、最高の5の評価をいただくことができました。多くの「若手の会」では浸透しつつありながら大多数の「歴史のある学会」がまだ取り入れていないこのスタイルに、将来の可能性を見た思いがしました。

 全体としては非常に好評なオンライン年会を開催できたことに胸を撫でおろす一方で、オンラインはもういいや、という思いを強くしたのも、正直なところです。ワクチン接種が進み、対面の年会が開催されるようになれば、オンラインで行うメリットはほとんどなくなるはずです。とはいえ、コロナパンデミック以前からあった諸問題(参加者減少、スポンサー減少、若手減少、国際化への対応)がこの間に解決したわけでもありません。元の姿に戻るのではなく、闇雲にオンラインと対面年会のハイブリッドに進むというのでもなく、学会の本来の目的を今一度見つめ直し、原点に戻って次のスタイルを模索するのが、重要なのではないでしょうか。

筆者:中川真一
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