日本分子生物学会(The Molecular Biology Society of Japan)の第43回年会の年会長を務めております、上村匡です。本学会は、生命科学分野の幅広い分野に渡って、研究者自らが重要なクエスチョンを探して挑む、ボトムアップの、そして基礎を極める研究を信条としています。第43回年会は “New Faces, New Questions, and Revitalized Worlds” をかけ声として、フレッシュな顔ぶれも交えて、新たな疑問あるいは問題設定を足がかりに、基礎研究へ一層の活力をもたらす方針で3年前から準備を進めてきましたが、今年度に入ってから、ウェビナー形式の MBSJ2020 Online へと生まれ変わりました。会期中のライブ配信に加えて、会期終了後一週間はオンデマンド配信を行う予定です。オンサイト開催されていた今までの年会と同じくらい、できればさらに多数の皆さまに参加頂きたく、参加費を低額に設定しております。演題と事前参加の登録サイトはすでにオープンしておりますので、ぜひご覧ください(https://www2.aeplan.co.jp/mbsj2020/)。
今まで2回の連載において、小林先生と三村先生が「そもそも何のために年会をするのか?」あるいは「学会員は年会に何を求めているのか?」を述べられつつ、それらの要請に応える形で、オンライン開催の利点と課題を論じておられます。我々の年会でも、オンライン開催を検討し始めた時点で、組織委員会、学会事務局、そして年会事務局の皆さんと議論し、「従来型のオンサイト開催を、そのままオンライン開催で再現するのは技術的にも予算的にも無理だし、そうしたいわけでもない。『オンラインフォーマットで開催したからこそよかった!』と言っていただける年会を目指したい。」と考えが一致しました。そのゴールを目指して、今まさに試行錯誤を続けているところです。以下に、生命科学分野の年会一般の意義を踏まえて、準備工程で見えてきた課題の一部を申しげたいと存じます。
悩ましい課題の一つが、データセキュリティーです。年会の第一の意義は、最新の研究成果、特に今まで未発表のデータを報告し、関連分野の専門家はもちろん異分野の研究者と、その研究の目的・方法・結果・解釈の妥当性、問題点、そして今後の展開を議論する点にあります。議論を深めるには聴衆にとってデータがよく見えることが大前提ですが、オンライン開催の場合、その点ではどのセッションに出席されようとも参加者の皆さんにご満足頂けるはずです。一方で、今度は最新の未発表データを披露しながら話したい発表者側にとって、データを複写されてしまうリスクが心配になっています。MBSJ2020 Online におきましては、全ての参加登録者に、視聴サイトへのアクセスの際に、ID を他人に教えないことと、デスクトップ録画、スクリーンキャプチャー、カメラによる写真撮影等をしない旨を誓約して頂きます。これ以外にも、技術的に可能な方策については手を尽くしますが、発表者の皆さんには、対策には限界があることをご了解の上で発表のご準備をしていただくようにお願いしています。
年会のまた別の意義は、研究の「種」を探す場を提供することであり、オンライン開催でこの場をどのように構築するかも大きな課題です。「種」を探すとは、埋もれていた問題の発掘や未解決の問題のリマインドなど、研究テーマ関連にとどまりません。新たな研究者との出会いや共同研究を始めるためのネットワーク作りに加え、博士課程の大学院生や若手教員にとっては将来のポストを得る就職活動なども含みます。リアルな交流体験による楽しさ・興奮・躍動感・不安・希望などが一杯詰まったヒューマンドラマの舞台を、仮想空間ならではの利点を生かしつつ設置するには、幾重にも工夫が求められそうです。
実は、3年前の学会総会において私は次のように挨拶しており、上記の難題が近い将来に解決されてしまうのではないかと、内心怖れていました。「今から3年の間にどのような技術革新が起きて、遠隔地にいる人間同士が間近にいるかのように議論できるようになるのか、想像と期待はつきません。それでも大勢の人間が1か所に集い、顔を突き合わせて議論する行為の意義が薄れることはないと信じています。」 つまり当時の私は、オンラインコミュニケーションにおける急速な技術革新を半ば覚悟していながら、従来型オンサイト開催の捨てがたい優位性を自分に言い聞かせようとしていたことがバレてしまいました……。12月2日の MBSJ2020 Online 開会までに、Zoom会議(飲み会を含む)に疲れた我々の前に、次世代のオンラインプラットフォームが彗星のように登場してくれないでしょうか。それがユーザーフレンドリーであれば、研究の「種」を探す場で威力を発揮するかどうかを、一部のセッションで実験したい誘惑に駆られています。
最後に、学術集会全般においてオンライン開催方式が改善され、さらに浸透するには、本業に忙しい研究者を低コストでサポートして下さるビジネスが格段に拡大し、社会に根付くことも課題としてあげさせて頂きます。日本分子生物学会の今までの年会は、数千人が参加登録して、20近い会場で並行してセッションが進行する規模でした。この規模では、あるいはさらに多数の会員の皆さんに参加登録して頂いてオンライン年会を開催する場合は、次の三拍子がそろった運営会社に年会事務局をお願いして、本来であれば研究と教育に可能な限りの ATP を投入したい我々大学教員や研究者を支えて頂くことが不可欠です。一つは、日進月歩のオンライン開催方式への対応能力と進取の社風を示されていること、二つには、企業協賛の獲得を含めた大規模集会のノウハウの蓄積をお持ちであること、そして三つ目として、日本分子生物学会のような基礎研究中心の学会とその会員をご理解くださっていることです。今回の年会では、幸いにも以上に該当する会社に年会事務局をお任せしています。
今後も引き続き、この連載「新しい学会開催の形を目指して 〜学会の挑戦〜」に貢献できるように努めて参りますので、読者の皆様からフィードバックを頂戴できれば幸いです。最後になりましたが、年会をオンライン開催なさった、あるいはこれから開催される多数の学会関係者の皆さまからご指導を賜っており、この場を借りて厚く御礼申し上げます。
第43回日本分子生物学会年会
年会長 上村 匡
(京都大学大学院生命科学研究科)